琉球新報は1940年の新聞統制により統合されてしまいました。沖縄朝日新聞、沖縄日報と合併し琉球新報の名前は消えて、

「沖縄新報」という名前で新聞事業が継続されて行きました。沖縄戦の中でも沖縄新報は発行を続けていきましたが、やがて終戦を迎え、沖縄新報はうるま新報と社名が変更されました。その後、1951年にサンフランシスコ平和条約が締結されましたが、それを機に「琉球新報」に社名を変えました。その後は沖縄タイムスとシェアを二分し、発行部数を争うようになっています。琉球新報は朝刊とともに夕刊も発行していましたが、2009年に夕刊を廃止し、朝刊だけを発行するようになりました。これは沖縄タイムスも同時期に行ったことです。夕刊を廃止した理由としては広告需要の長期低迷と印紙代やインキ代といった資材の高騰を挙げています。その代わりにインターネットで配信することに強化しています。全国的に発行部数は決して多くはありませんが、しかし、沖縄は何かと話題になる地域です。しかも、国際問題とも繋がる案件を抱えています。その地域の報道機関だけに琉球新報は注目される新聞社と言えます。今後の活動にも目が離せません。王妃の白珠